こんにちは、ぐりすぺです。スペインには多くの地域で生産物の質や価値を守る原産地呼称の野菜や果物があります。今日はガリシアで原産地呼称の栗について書いていこうと思います。
ガリシアの栗の歴史
ガリシア地方は、最終氷河期の避難地と言われ、ガリシア地方の栗の花粉の分析から、その期限は少なくとも更新世まで遡る(更新世て何?)と言われているそうです。(更新世・・約258万年前から約1万年前までの期間/Wikipedia)
今のガリシア地方がある土地におそろしく前から自生していたことがわかっている栗の木ですが、栽培が始まったのはローマ時代、ローマ軍がガリシア地方に地方に自生している種類よりも生産性の高い栗の種類を持ち込み植樹を進めました。
ローマ帝国が衰退した後も、地域の修道院や領主に引き継がれた栗の木は、食料としての実の収穫を目的としてではなく、優れた木材を生産するためにより積極的に植樹されていきました。
葡萄を植える斜面には必ず合わせて栗の木を植えることが必須とされ、樽やワイン醸造のための道具を作るために使用されていました。
10世紀〜ガリシアの栗生産はイベリア半島に広がっていきます。最も栗の木の植林面積が大きかったのは16世紀〜17世紀、この頃にガリシア独自の品種が多く生まれたと言われ、葡萄の次に収益性が高い食物として扱われていました。食用の実の売買が広く行われたほか、乾燥させた栗を代金として支払うといった、お金の代わりとしても使われていました。
この頃、栗は挽いて粉にしてパンを焼いたり、煮たり焼いたりしてガリシアの民の食の中心的存在となっていました。
19世紀にガリシア地方でジャガイモ(導入された最初はPatataという名前ではなく「土の中の栗」と呼ばれた)と、とうもろこしの生産が大規模化した時期、食用としての栗の実の価値は大きく下がります。また、栗の木を枯らす病気が大流行したことで、内陸の(病気が到達しなかった)一部の地域を除き、栗の木はその姿を消していきました。
現在は病気駆除、予防が積極的に行われ、ガリシア産の栗生産の復興が行われています。
ガリシアの栗の生産地分布
黄緑色で塗られた地域が生産地です。
内陸のオウレンセでは全域、ルーゴも海側の地域を除いたほぼ全域。他2県では内陸の一部です。
ガリシアの栗
生産地認証を受けたガリシアの栗、栗を使った菓子などの製品には下記のマークが記されています。
ガリシア地方では、栗は「非常にありがたい樹」と呼ばれています。
大した世話を必要とせず1000年の時で実をつけ、幹は丈夫な木材に、実は食料に、イガは燃料となり、人間が食べ損ねた実も動物の餌になる
スペインで生産される栗のうち60%はガリシアで生産されていて、またその品種は80〜100種類に及びます。
甘みが強く、皮が剥きやすく、詰まった食感が特徴。
ガリシアの栗料理
乾燥させた栗を挽いた粉で作ったエンパナーダ
肉と一緒にオーブン焼きに
栗ケーキに栗クッキー
シロップ漬け
旬は10月〜秋です。
また、街の屋台でほくほく熱々の焼き栗を頬張るのが楽しみです。
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